冬の終わりの夜の初めに

かつて、夜に生きていた。夜は自分の世界だった。日の落ちる頃に起き、夜に働き、日の出と同時に眠った。完全な昼夜逆転の生活。不眠も手伝って、もちろん体調は最悪だった。人間という生き物は夜に寝るように設計されているのだ。朝日を浴びないとセロトニンがうんたらかんたら。仕事中は歩くだけで全身に電流が走るような感覚をおぼえ、いつ倒れてもおかしくなかった。夜は寝たほうがいいのだ。しかし夜は安心感を与えてくれた。街はしんとして、誰も、太陽さえも自分を見ていない。闇は昼の光に比べて優しく、親密だった。そこにはたしかな自由があり、万能感があった。早朝、ごみを漁りにきたカラスとさえ心を通わせられる気がした。仕事の終わる夜明けの時間は、世界の最も美しい時間だった。朝露に濡れたヒマワリの葉の裏に留まった瑠璃色の羽をもつ蛾にさえ感動した。

仕事を辞めて無職になり、生活のリズムは改善した。夜に起きている必要がなくなったのだ。もともとが宵っ張りの体質なので、3時過ぎまで起きていることもざらだが、昼前には起きるし、主な活動時間帯は昼間だ。夜型ではあるかもしれないが、もはや夜に生きるものではない。おれは夜を棄てた。夜の生活を、夜に生きる人々を。代わりに心身の健康を手に入れた。

夜に生きるものにとっての音楽というのがある。ということに、夜を棄ててから気がついた。まんまなタイトルのアルバムを高橋徹也が出しているが、熱心なファンではないので、話題にするならフィッシュマンズのほうが適切だろうと思う。フィッシュマンズの幾つかの曲は明らかに、夜のための音楽だ。より正確に言えば、夜に眠れない人々にとっての音楽だ。たとえば「ずっと前」、「ナイトクルージング」そして「バックビートにのっかって」。この三曲を並べると、夜が更けるまで出歩いて、いつの間にか真夜中にとり残されて、眠ることもできずにじっと夜明けを待っている……そのような、同じ夜の中での時間の移ろいを感じる。これらの曲が描いた時間、つまり夜に生きていた頃にはそのニュアンスがよくわかった。もちろん、いまでも理解はできる。「かつて経験したもの」として。けれど実感が伴わない。理解はできるが感動できない。あれだけ親密だったものが、なんだか他人のもののような気がする。その時間に生きることをやめてしまったから。その感性を棄ててしまったから。健康とかいうくだらないものと引き換えにして。

夜を棄て、昼間の住人になったところで、昼はおれに優しくない。おれのほうでも、昼に親しみを感じない。まっとうな人間は働いている。おちおち外をうろつくこともできない。インターネットには同じく、昼間から何をしているのかわからないような人間で溢れているが、それがいったい何の慰めになるというのだろう。それでも僅かに孤独が薄まるのでインターネットをやる。夜の孤独は耐えられる。それはほとんど自由と同義だ。電車は止まっているが、それなら車を出せばいい。車がないなら歩けばいい。昼の孤独はただただ苦痛なだけだ。電車に乗ってもバスに乗っても、どこにも行けない。お天道さまの下ですべては白々しく、よそよそしい。

そんなに昼が嫌なら夜に戻ればいい。それはそうだ。そうなのだ。だが、いまの自分にはその覚悟がない。薬と昼の生活を何年も続けてようやく手に入れた心の平穏を差し出す覚悟がないのだ。躁鬱の波が激しかったのを、常にやや鬱でいるように自分を調整した。何年もかけて。それを再び無に帰すことが怖いのだ。夜の生活者だった頃はたくさんの人にたくさんの迷惑をかけた。その負債も未だ返しきれていないというのに、再び自分の未来から前借りするような生活を始める選択をとれない。夜は優しく、そして恐ろしい。夜はおれではなく、おれの中に棲む何かと親密につながっている。それを飼い慣らすことはできない。それは人に慣れるものではない。しかしその目を通してしか、朝の美しさを見ることは敵わない。『禿山の一夜』の終幕のような、狂乱の夜が終わり、世界が洗われる朝がくることの純粋な喜びを感じることも。それは、夜に生きるものにのみ許された特権なのだ。

昼はどこにも行けない。これを書いている自分さえよそよそしい。

夜には戻れない。だから今日も昼も夜もないインターネットに潜る。

 

 

「敷島」という、それが何なのか自分でもまだよくわかっていないサブアカウントのような人格をネットに生み出すにあたって、せっかくなので何か書こうと思ったらこのようなものになりました。おわり。